英語嫌い克服。海外の効能。
こんにちは!英語苦手歴は自分の年齢のごまめです。
私のTOEICのスコアは360点です。
そうです。大学を卒業しているにも関わらず、超がつく出来ない人です。
でも、暗記力がないわけでも、国語力がないわけでもありません。
恐らく、努力の方法を誤った結果、努力が不足したんです。
きっと、そうに違いない!
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こうして私は英語ができない日本人になった
私が小学6年生のころです。私の父は、何を思い立ったのか、ある日突然、NHKラジオ英会話とテレビ英会話の本を私に買い与え、勉強するように指示しました。
私はやりたくないのに、父が怖いのでしぶしぶ番組をビデオに録画し、見てみました。
しかし!!
全くわからない!!
基礎と書いてあるが、基礎じゃない!!
そうなんです!小学校の授業で一度も習ったことのない私は、Yes、Noすら全く知らなかたのです。そんな小学生には、基礎とはいえ、英会話の講座を聞くにはハードルが高すぎました。たった30分のビデオなのに苦痛しか感じませんでした。私は初めて、人生の挫折を感じ、布団にもぐって泣きました。
そして、とにかく、その日からエイゴが嫌いになりました。( ;∀;)
恐らく、英語が出来ない父は、聞いていたら出来るようになると、思っていたのでしょう。
親というものは、自分が出来たことは「自分も小学生でこれくらいできていたから、頑張れ」と子どもに檄を飛ばし、自分に出来なかったことさえも、「自分は苦労したから、苦労しないようにやれ。」と、子どもにさせようとします。
私はそれから何年かして、父が忘れたころに、その教材を捨てました。
でも、一度芽生えた劣等感は捨てることはできませんでした。
自分で自分にエイゴはできない人間なんだというレッテルを貼って、ついでに海外が嫌いになりました。
皆さんは受験英語はお得意ですか?
すっかりエイゴ嫌いになった私ですが、本当に嫌いなのか?
恐らく、本当に嫌いでした。
でも受験で必要だったから、勉強せざるおえませんでした。当然成績は学年最下位。°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°やっほーぃ
そんな私に神が降臨します!
浪人し、予備校に行ったとき、文型すらチンプンカンプンだった私に英和辞典の調べ方から丁寧に講義してくれた先生がいました。
そして、紙辞書を強制しません。書いて覚えることを強制しません。
ただ、理論を教えてくれました。
私はその授業がとても好きで、その先生の授業を受けてからは魔法にかかったように、問題がスラスラ解けるようになりました。
私の大学入試模試の成績はうなぎのぼりで、4ヶ月程度で、偏差値30だったのが偏差値60を超すほどになりました。
1人ではなかなか嫌いになったものに向き合うことは難しいでしょう。そして、地味な単語の暗記は必要に迫られていなければできなかったでしょう。
予備校の先生のお蔭で、無事、私は大学入試センター試験で8割~9割を安定して取れるようになったのです。
だけど、やっぱりエイゴへの苦手意識はピクリともしません。
一生日本国内で過ごすんだ!
周囲にそう宣言していました。
テストをリベンジしても、心はこれっぽっちも変わりませんでした。
訪れた転機。やっぱり話したい!
エイゴは勉強の一科目である。
海外は一生いかなくていい。
そう思っていた私に転機が訪れます。大学の研究室の先生のはからいで、海外へ行く機会が与えられたのです。非常にありがたい機会だと思いますが、望んでいなかった私は複雑な気持ちでした。
そして、英語でプレゼンテーションをする機会まで与えられ、話せないので必死で飛行機で暗記する私。なぜできない私が…。そう思っていました。
(因みに学業成績は全くよくありませんでした。たまたまそういった機会を与えてくれる素晴らしい先生に出会ったのです。)
でも、行って良かったと思います。
私は初めて英語の必要性に迫られました。
国内で外国人の先生とひとことふたこと話すことはありましたが、日本語を少しわかる先生だし、日本人に慣れているから発音が悪くても問題ないといった安心感がありました。
それが、海外に行くと、目の前にいる外国人は、私の発音がわからないと、聞き直してきます。日本語は全く通じません。私のしたいことをわかってもらえません。
外国で、初めて外国人と話したとき、それは、エイゴが受験科目ではなく、言語だと学んだ瞬間でした。
ただの文字の羅列でしかなかったアルファベットが、言葉として通じるということを、自分の発音でも通じるんだと、そう知った瞬間でした。
その時はとても緊張しましたが、でもそれと同時に通じたときはとても心地よい興奮を得ました。
初めて、英語を話したい!そう思ったんです。
そして、表面的な観光ではなく、彼らとその文化を知りたい。そう思いました。
さらに、もう一つの出会いがありました。私のように留学経験や特別な訓練もなかったにも関わらず、大学から勉強しアメリカで働けるほど英語ができるようになった先生との出会いです。
その先生に言われたのは、留学するだけでは話せるようにならない。ということです。周りには、アメリカに来ても日本人ばかりで集まって、日本語しか話せない日本人がたくさんいる。自分で勉強するのだと仰っていました。
また、海外で働くことが目的なのではないとも仰っていました。言葉は目的達成のための道具の一つなんです。
私がこの経験で学んだことは、
1.エイゴが1つの意思疎通のツールであると体感でき、嫌いではなくなったこと。(苦手なままだけど笑)
2.会話においては、何よりフレーズが一番役に立つということ。
(勉強は役立つけれど、アウトプットの仕方がテストと会話では違う。)
3. 聞いていたら自然にマスター出来るなんてないということ。
是非、外国に行ったことがなく、英語嫌いになった人は、海外に行って、一人で外国人に話しかけてみて下さい!
再びの失敗
帰国してそりゃもう、勉強のモチベーションはマックスでした。
でもこの気持ちは、続かないということは人生経験上理解していました。
そして、少しでも勉強のモチベーションが続くようにとTOEICを受けたのです。
目標を決めたら、続けられるはず!
そう信じて。
結果
「撃沈」でした。
点数は360点。テストが苦痛すぎて、音声を聞いていられませんでした。
でも、苦痛だけど、もう嫌いにはならない。仕方ないな。ぼちぼちするかーといったところでした。
ただ、テストのための勉強は続きませんでした。
必要に迫られないテストのためだから。
こうして私の部屋には、真新しい教材が、再びきちんと並ぶことになったのです。
現在のモチベーション
最近、再びテキストを手にとって、勉強を始めました。
社会人になってから、ここ数年ですが、日本にいても、英語で道を聞かれることが増えました。そして、やっぱり通じたときは楽しい。
その時の快感を思い出しながら、テキストを眺めています。こんな時は、こう言おうと思って。
そして今の私の一番の目標は、
母をいつか海外旅行に連れて行くことです。
ついでに、おまけとして、仕事にプラスになることはないかなとか、将来こどもができたらいい背中を見せてあげれないかなとか、そんなことを妄想しています。
ついでに、新たにできた目標であるTOEICのリベンジも。(笑)
苦手なものから逃避していたときは劣等感という苦しみしかありませんでした。でも、嫌でも、ぶつかってみれば、劣等感ではなく、こうなりたいという強い衝動と、ウキウキ感が訪れます。
きっと小学生の私が海外に放り出されたら、私のことですから、二度と海外に行きたくないというさらに重症なダメ人間になっていたでしょう。
受験勉強があったからこそ、私は言葉が通じた!という経験ができたのです。受験勉強が、劣等感を向上心に変えるエネルギーになったのです。
小学生の頃、苦しんだNHK英会話も今たまに聞くと面白いと感じることがあります。論文も時間はかかりますが、読めます。確実に力はついているのです。
努力+環境 が嫌いを克服する力です。